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たった一人の人を大切にする

息子よ。
人に好かれる人物になる方法を教えよう。

相手に自信を持たせ、
自分自身を好きにならせるのだ。

そうすれば、相手はおまえのことが大好きになる。
(チェスターフィールド卿)

グレン・ヴァン・エカレンは著書
『豊かな人間関係を築く47のステップ』で、こう語っています。

私は、親というものにある固定観念を抱いていた。
子どもを正し、規律を与え、生きる方向を示してやるのが親の役割だと思い込んでいたのである。

それらの「しつけ」と「励まし」が、完璧にバランスが取れていれば問題はない。
だが、その完璧なバランスのなんと難しいことか。

ここで、私は少し立ち止まります。

私はどうだったのだろう。

子どもを励まし、背中を押してあげることができていたのだろうか。

父ちゃんはいつも怒ってばかり。
父ちゃんは怖いから、言うとおりにしておこう。

もし、そう思わせていたのだとしたら??。

私は、子どもを「褒めて育てること」に全面的に賛成しているわけではありません。

だめなものは、だめ。
そう伝えることも、やはり大切だと思っています。

ただ、伝え方はあるのかもしれません。

例えば

「早くしろ!」

そう言う代わりに

「これを○分で終えたら、そのあと○分遊べるよ」

そんなふうに、先にあるメリットを伝える。

もしかすると、そのほうが動きやすいのかもしれません。

子どもに限らず、
職場でも同じことが言える気がします。

あなたはどうでしょう。

グレン・ヴァン・エカレンはさらに続けます。

他人を励ましてくれる人は、私たちの夢を支え、
困難に理解を示し、努力を認めてくれる。

そして何かを成し遂げたときには、
一緒に喜んでくれる。

そんな人たちがいるおかげで、
私たちは、きりきりと痛む胃や
傷ついた心を抱えたままベッドに入らずにすんでいる。

周りの人々に、
こう言ってもらえる人。

「あなたと一緒にいると、自分のことが好きになる」

一番いいのは、
その人の悩みや苦しみを解決してあげられること。

もしそれができるなら、
それに越したことはありません。

でも、いつも解決できるわけではない。

そんなとき、
「そばにいるよ」と寄り添える人でいられるか。

それも、大切なことなのかもしれません。

ただ、世の中にはこんな言葉もあります。

ドラマの台詞ですが

「同情するなら金をくれ。」

少し極端ですが、
言いたいことは分かる気がします。

ただ同情されるだけでは、
人は救われないこともある。

もしかすると必要なのは

同情ではなく、理解なのかもしれません。

かわいそうだね、と言うことではなく

「そう感じるのも無理はない」

その人の中に入っていくこと。

問題を解決できなくても、
状況を変えられなくても、

理解しようとすること。

それだけで、
人は少し呼吸ができるのかもしれません。

そういえば、
私はよくイライラしていた時期がありました。

そのとき妻はどうしていたか。

なだめるわけでもなく、
説教するわけでもなく、

ただ黙って
私の後ろをついてくる。

そして少しあきれたように

「また始まった。」

そんな空気を出していた気がします。

無理に止めない。
無理に正さない。

ただ横にいる。

今思うと、
あれも一つの「理解」だったのかもしれません。

そして時々、妻は言いました。

「ん、もう。
好きって言ってよ。」

私は照れくさくて

「釣った魚に餌はやらない。」

なんて言いながら、
逃げていた気もします。

でも本当は、
ちゃんと言っていました。

好きだよ、と。

人を励ますというのは、
言葉をかけることだけではないのかもしれません。

横にいること。
急いで答えを出さないこと。

そして時には、
照れながらでも
言葉にすること。

人を励ますというのは、
言葉をかけることだけではないのかもしれません。

横にいること。
急いで答えを出さないこと。

そして時には、
照れながらでも
言葉にすること。

あなたはどうでしょう。

たった一人の人を、
大切にしていますか。

その人は、

奥さんかもしれない。
旦那さんかもしれない。
子どもかもしれない。

あるいは??

その人の人生の中で、
たまたま隣にいる
あなたなのかもしれません。

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私は、ひとつの実験を始めています。
文章を整えるAIではなく、
自分の思いを、自分の言葉に戻す(「紡」という)AIです。
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ただ、問いを残します。
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