若い頃、
私はいつも焦っていた。
前に進んでいる実感がなかった。
知識も技術も足りない気がしていた。
学ばなければ置いていかれると思っていた。
誰かのスピードを見て、
自分の現在地を測っていた。
何に追われていたのかは、
今となってはもう分からない。
ただ一つ言えるのは、
あの時間も無駄ではなかったのではないか、ということ。
焦りの正体は思い出せない。
でも、あの揺れがあったから、
いまの私はいる。
焦りを消すことはできなかった。
でも、壊れもしなかった。
あの頃は、時間が無限にあると思えていた。
だから持ちこたえられたのかもしれない。
いまは違う。
時間は有限だと知っている。
でも、もやもやも迷いも焦りも、
人生という長い時間の中では一時だと分かっている。
感情は永遠ではない。
だから、焦ってもいい。
焦るな、でもいい。
大切なのは、
いまの気持ちを認めること。
認めるとは、
人と比べないこと。
ありのままの自分を受け入れること。
アドバイスはいらない。
正解もいらない。
そばにいるよ。
それだけで安心できることがある。
私は、若い頃の自分の隣に座るとしたら、
何も言わない。
励まさない。
急がせない。
救わない。
ただ、そこにいる。
優しい人だと言われてきた。
確かに面倒見はよかったかもしれない。
でも、来るものは拒まず、去る者は追わず。
それは冷たさではなく、
境界だったのだと思う。
境界は守るものだと思えば、
いつか壁になる。
境界は整えるものだと思えば、
心は穏やかでいられる。
ここまでは私。
ここからはあなた。
経験は、奪わない。
道を選ぶのは、あなた。
私はただ、自分の境界を整え続ける。
揺れたら、流れに身を任せる。
すぐに引き直さない。
ゆっくりと。
時間と心がつながっていたら、きっといい。
充実よりも、
静かにつながっていたい。
評価はいらない。
整っていたい。
いまは、書くことがその時間だ。
書きながら、自分と向き合う。
書きながら、境界を引き直す。
書きながら、焦りを静かに感じる。
完成しなくていい。
整え続ければいい。
今日もまた、
少しだけ輪郭を確かめる。
それで、十分なのだと思う。
