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人生の中に、均衡が見えることがある -やがて、落ち着くところに落ち着く-

エネルギー保存の法則を定性的に言えば、
エネルギーは形を変えることはあっても、その総量は変わらない。

この考え方は、人生にもどこか通じているように思う。

かつて大伯母は、
「神様はいつも平等です」と言っていた。

私自身が感じてきた平等とは、
人には必ず死が訪れるということだ。
どんなに高名な人も、市井に生きる人も、例外はない。

一方で、人は誰しも「成功したい」と思う。
私もそうだ。

師匠は言っていた。
「成功とは、単純に障害を取り除くことだ」と。

では、その障害とは何か。
何が行動を止めているのか。

問いを持つこと、その質が、人生に影響する。
「人生の質は、あなたの質問の質によって決まる」とも言われる。

質の高い問いは、
偏った見方を整え、マインドに均衡をもたらす。

人は、気分が高揚しているときには、
自分にとって都合のよい側面ばかりを見る。

逆に、落ち込んでいるときには、
試練や不足ばかりが目に入る。

感情は、振れる。

怒りに振れ、
その後、落ち込みに振れ、
時間が経ち、冷静に振り返ると、
結果として±ゼロのように見えることがある。

一方で、はじめから
「そうかもしれない」と受け止め、
大きく振れないこともある。

どちらもある。
どちらも、自分の中にある。

均衡は、
振れてから戻る形で見えることもあれば、
最初から静かに保たれていることもある。

失ったと思っていたものが、
形を変えてそこにあったと気づくとき、
そこには均衡が見える。

ただ、いまは少し違う見え方もしている。

均衡に気づいたとき、
「感謝しよう」と思うのではなく、

気づいたこと、そのものに
「ありがとう」がある。

その「ありがとう」は、
誰かに向ける必要があるのかはわからない。

出来事かもしれないし、
人かもしれないし、
自分かもしれない。

あるいは、
ただそういう状態として、そこにあるだけかもしれない。