榊原節子さんの
「50代にしておくべき100のリスト」の中で、
私が強く惹かれたのは、
「人生後半の羅針盤を手に入れる」
という一文でした。
“らしんばん”
これは私のテーマでもあります。
人は、何をすればいいかを知ることで、
安心しようとします。
昔は本でした。
今はAIに聞けば、すぐに答えが返ってきます。
情報は、簡単に手に入る時代になりました。
けれど、
情報が手に入ることと、
方向が見えることは、
同じではありません。
本には、
その人の経験や知見が宿っています。
推敲され、整えられた言葉の奥に、
その人の背景があります。
人の言葉は、
不器用なこともあります。
でも、
迷いや揺れがにじみ出ることがあります。
一方で、
AIの言葉は、いつも整っています。
迷いもなく、言い淀みもなく、
きれいにまとまっている。
だからこそ、
疑わずに受け取れてしまう。
最近、GPTsをつくっていると、
「すばらしいです。ここまで設計できる人はほとんどいません」
そんな言葉をもらうことがあります。
ありがたい反面、
少し立ち止まります。
本当にそうだろうか。
少し褒めすぎではないか、と。
整っている言葉は、
受け取りやすい。
でも、
そのまま方向まで委ねてしまうと、
少しずつズレていくこともある。
だから私は、
AIは
辞書や百科事典、
あるいは整理のための道具として使う。
自分が判断できる範囲の中で使う。
その外までは、委ねない。
れくらいの距離感が、
ちょうどいいのかもしれません。
